拡大する写真・図版ドイツの食肉加工会社テニエスの工場で今年7月、豚の解体をする従業員。3分の2は中東欧などからの移民だ。新型コロナウイルスの集団感染後の対応策として、透明な仕切りで従業員同士の接触を避けるようにした=テニエス提供

 ドイツでは安売りスーパーが肉の安さを競う。例えば、1キロの骨付き豚肉は約6ユーロ(約760円)で買える。安い肉を卸すには、製造段階でなるべくコストを抑える必要がある。その仕組みを根底で支えているのが、低賃金で長時間働く移民労働者たちだ。

 独西部レーダウィーデンブリュックにある食肉加工会社テニエスの工場で今年6月、1400人超が次々と新型コロナウイルスに感染した。従業員約7400人のうち、3分の2がルーマニアやブルガリア、ポーランドなど中東欧を中心とした移民だ。工場は約1カ月間、行政から操業停止を強いられ、従業員や家族は隔離された。工場がある郡全体で店舗や学校も一時、閉鎖された。

 新型コロナの感染を広めたのは、換気が不十分な職場で密集して長時間働き、家でも多くが狭い一室に複数で暮らしていたことが一因とみられている。一つの郵便受けに名字の違う5~6人の名前が書かれた宿舎は、この工場周辺にいくつもある。移民労働者を支援する国際NGOによると、勤務シフトの違いを利用して一つのベッドを共用する人もいるという。

 テニエスは豚肉で約30%の市場シェアを誇る国内最大手だ。牛肉やソーセージなども扱う。10月下旬、記者がこの工場を訪ねると、勤務を終えた労働者が次々と家路を急ぎ、別の労働者が列をなして工場に入っていった。

拡大する写真・図版ドイツ西部レーダウィーデンブリュックにある大手食肉加工会社テニエスの本社工場=2020年10月20日、野島淳撮影

 ポーランド出身の50代の男性はテニエスで約20年働くが、雇用主はテニエスの下請け会社だ。ドイツ語は十分話せない。週6日、1日10時間以上、室温4~6度の加工施設で豚を解体し続ける。

 「肉体的につらい仕事だが、ここ10年、実質は昇給していない」。ドイツ最低賃金は時給9・35ユーロ(約1180円)だが、実際に働いた時間から計算すると、支給されるのは時給約8・5ユーロ(約1070円)分しかないと嘆く。

 近隣の郡にあるカトリック教会のペーター・コッセン神父(52)は9年前に同地に移り、地元住民の世話をするうちに移民労働者の実態を知った。低賃金で長時間の重労働、そして劣悪な住環境の改善を訴えてきたが、「現代の奴隷制の構造は変わっていない」と話す。そうした苛酷(かこく)な仕事でも、例えばブルガリアの3倍は稼げるため、移民労働者たちはドイツに残る。

拡大する写真・図版移民労働者の支援を訴えてきたカトリック教会のペーター・コッセン神父=2020年10月21日、ドイツ西部レンゲリヒ、野島淳撮影

 だが、コッセン神父は「移民労働者の地域社会への統合はうまくいっていない」と指摘する。多くはドイツ語を学ぶ機会を得られず、家と工場を往復するだけの生活だ。移民労働者と積極的に交流しようとする住民も少ない。「私たちと彼らは別々の世界にいる。彼らはドイツ人がやりたがらない仕事をして、評価されるべきなのに」

拡大する写真・図版ドイツ西部レーダウィーデンブリュックにある食肉加工会社テニエスの工場で11月16日、ハムの切断作業をする従業員。3分の2は中東欧などからの移民だ。新型コロナウイルスの集団感染後の対応策として、透明な仕切りで従業員同士の接触を避けるようにした=テニエス社提供

 テニエスでの集団感染で移民労働者が抱える問題が明るみに出たのを機に、ドイツ政府は7月末、食肉業界の労働者を守る改正法案をまとめた。従業員50人以上の食肉加工会社には労働者の直接雇用を命じ、勤務時間や住環境の厳重な管理を求める。来年1月から施行する予定だ。テニエスは「従業員間の仕切りを設けるなどのコロナ対策をしている。来年1月以降は生産現場の中核の従業員を直接雇用にしたい」としている。

拡大する写真・図版経営する農場の豚を世話する緑の党のフリードリヒ・オステンドルフ連邦議会議員=2020年10月19日、ドイツ西部ベルクカメン、野島淳撮影

 自らも畜産業を営む緑の党のフリードリヒ・オステンドルフ連邦議会議員(67)は「法改正は当然の措置だ。労働者は出身地に関係なく平等に扱われなければならない」と期待する。一方で「そもそも肉の価格が安すぎる」と言う。「安い肉を望む一人ひとりの消費者の態度が変わらなければならない。私たちの社会的な倫理の問題だ」

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 新型コロナの世界的感染爆発は、国境を越えて生きる移民や難民を支える制度や枠組みのもろさをつまびらかにした。世界がより良い未来をつくるための指針であるSDGs(持続可能な開発目標)は「人や国の不平等をなくそう」を掲げる。だが、コロナ禍以降、逆風が吹き荒れている。(レーダウィーデンブリュック=野島淳)

連載共生のSDGs コロナの先の2030(全16回)

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